畑から(畑の露地裏)   20

 

畑の露地裏 M

 斎藤流『食農・食育のすすめ』

 クラインガルテンが開設して3年が過ぎようとしています。私はその前の構想段階から関わっているので、5年の付き合いになります。当時の担当者からクラインガルテン構想の概要を告げられた時点で、設立に際してインフラの拡充を図るための集まりが4つ用意されていました。その中の一つに“都市住民と田舎を結ぶための知恵を出せ”というものがあり、“テーマ”というより“ノルマ”が私に課せられたことを思い出します。
 それ以来ずっと、“田舎と都市を結ぶ”このような施設には、いかなるビジョンの下にどんな方策(サービス)が必要なのかを考え続けてきました。しかしながら、明快な答えはいまだ見つかっていません。残念ながら、それが現状です。
 クラインガルテンは、市民農園です。その場所は農地であり、利用者が行っていることは例外的な農業です。この農村生活を中心に田舎と都市部を結びつけようとしているのが、大きな意味でのグリーンツーリズム運動です。もちろんこの“大きな意味”に含まれるのは農業だけではなく、田舎にあるすべての資源です。
 たびたびお話しすることですが、現在の農業を取り巻く問題は非常に多岐にわたっており、かつ専門的な技術の問題や思想までをも含んでいるため、同じ土俵で議論するのは困難です。環境に配慮した農業を目指す私自身、自らの顧客にすら十分な現状を伝えられていないと感じ続けています。したがって、私にとってこのクラインガルテンでの活動、とりわけ栽培指導をさせていただけることは私自身の技量の向上にもなり、また、農業と無縁の方々に農業の現状を知っていただく上で、格好の土俵になると考えてきました。
 私の考えるところ、“生産者と消費者を結ぶこと”とは、できるかぎり正しい知識を共有させることです。つまり、生産者は栽培に関する情報を開示し、消費者もその意味をより正しく理解することだと思います。
 一般には「提携」(teikei;有機農業の世界ではこれが国際的に通じるらしい。私には国外の友人がいないので実際に使ったことはないのですが……)といわれる産地と消費者の関係づくりが求められています。これが、農業の現状に対する消費者の理解を促すと考えられているのです。私が歯がゆく思うのは、多くの話がここで終わってしまうことです。ここで終わると、たいていの話が机上論に終わってしまいます。
 もう一歩踏み込んでみませんか? 
 私は、自らの手で作物を栽培することを提案したいと思います。自分の手で行うことで、知識の共有化がより進むはずです。これが、私の考える「食農教育」あるいは「食育」です。
 しかしながら、ここですべての“知識”を共有することは不可能です。“餅は餅屋”ですから、専門的になりすぎる必要はないと思います。性急になることや成果にランクづけをすることも必要ありません。各自ができるかぎりでよいと思います。たとえば都会の超高層マンションのような環境にお住まいの方では、いくら泥つき野菜がよいといわれても限界があります。
 農業者は作物を作るのですから、開発・生産に関してはメーカーと同じです。つねに市場ニーズの追求を強いられてきたように思います。箱詰めするときに都合が悪いので、キュウリを強制的にケースに入れてまっすぐにするなど、涙ぐましい努力もあります。有吉佐和子著の『複合汚染』の中には、“切って食べるキュウリ、曲がっていて何故悪い”という名言があります。今やここまで開発が進んだのですから、問題点の解決策はむしろ消費者の側にあるようにも思うのです。
 クラインガルテンと関わるにあたり、私が目指したことは、皆さんが農作物を見るときの“色眼鏡”の度の強さをいかに落とさせるかということでした。週1回程度の利用者の体験栽培を成功させ、先入観や誤った知識という色眼鏡の度を落とさせることができるのかどうか、心配でなりませんでした。農薬と化学肥料を使用せず、農作物として一応の評価を得られるような結果を出すのです。
 素人は頭でっかちで、よく知識のつまみ食いをして失敗します。それを避けるには、とにかく私に視線が集まるようにしたい、私の指導を浸透させたいと、講習会とは名ばかりの“演芸会”を行いました。さしずめ私は漫談師でしょうか。幸いほとんどの方は妙な先入観をお持ちでないばかりか、経験と同時に理論を理解しようとするサラリーマン諸氏が多く、指導はうまく受け入れられたように思います。毎週日曜日に行っている笠間クラインガルテンの栽培講習会は、こうして利用者の皆さんの間に定着しました。3年近くも、毎週熱心に聴講してくださった方々には、頭が下がる思いです。
 定年を前に人生の賞味期限が迫ってくる多くのガルテナーは(失礼!)、ことのほか健康志向が強いものです。健康志向の延長上で、クラインガルテンを利用されている方々も多いのではないでしょうか。テレビや雑誌など、コマーシャリズムの世界に目を転じてみると、健康・長寿、さらには美容・ダイエットなど、あらゆる殺し文句や誘惑が蔓延しています。逆に健康を害し、食文化を歪めかねないのでは……と思われるような情報もあります。農業があるべき姿を取り戻すことこそ人々の健康・長寿に直結すると私は信じていますが、だからといって、即効性のある健康効果を期待できるものではありません。
 前号に書いたとおり、文化の枝葉ばかりを見るのではなく、根元に近い方に視線を向けていただくことが大切です。そのためにも、今後さらに活動内容を充実させていきたいと思います。田舎と付き合い、今もそこに受け継がれている先人の知恵に触れることには大きな価値があるはずです。それと同時に、都市の風が田舎を吹き抜けることにも意義があるはずです。
 こうした多層的な情報を相互交換させるシステムの構築を、クラインガルテンに代表されるグリーンツーリズム運動に期待したいと私は思います。また、各ガルテナーの方々の成果は、ぜひ次世代の子どもたちへ、さらには孫たちへと伝えていただきたいと思います。生命の糧を栽培することを通して、上下世代の文化をつなげられるはずだと私は信じています。いわばこれが、私流“食農・食育”のもう一つの意義です。


[斎藤典保]